
|
【巻頭言】 |
. |
人材と組織を共進化させる
|
||||||
![]() |
高橋 克徳 |
生物の進化論には、大きく二つの系統がある。一つは、ダーウィンを起点とする個の変異をベースにした進化論であり、もう一つはグールドや今西錦司らに代表される種の変異をベースにした進化論である。
今なお、様々な反論を受けながらも、進化論の基礎として位置づけられているのが、ダーウィン進化論である。ダーウィンの進化論ではランダムな突然変異が起こり、その中で優位な形態を持った個が自然淘汰によって適者として生存し、その形質が保持され、遺伝することで、種全体が進化すると考えた。
しかし、この説には大きく二つの欠陥があると言われる。
一つは、進化の方向性と主体性の問題である。ランダムで無方向な突然変異という現象が、偶然に起きなければ進化は起こらない。しかも、その無方向に広がる突然変異の中で優位な形質を自然(外部環境)が選択し淘汰する。だとすると、進化とは方向性も主体性もない、偶然の産物ということになるわけだが、本当に存続の脅威にさらされた生物がそんな偶然性に依存した形で進化を続けてきたのだろうかという疑問である。
もう一つは、個の突然変異が種全体の変異に本当に波及するのかという問題である。一つの生命体が突然変異を起こしたとして、その一つの遺伝子が形質として保持され、広がっていくにはかなりの時間を要することになる。しかもその間に、その形質を超える別の突然変異が起きないとも限らない。仮にその形質が時間をかけて徐々に進化をもたらしていくとするなら、その中間型の存在が確認できるはずだが、実はそれが見つからない(ミッシング・リンクと呼ばれる)。本当に一つの個の突然変異が、種全体を変えていくということが起こり得るのだろうかという疑問である。
こうしたダーウィン進化論への反論として、進化には方向性があり、それが種全体で一気に起こるものであるという説を唱える人たちがいる。
グールドは、進化は一様に進むのではなく、短期間に急激に変化するときと変化のない長い静止状態がある、と考えた。彼は三葉虫を研究し、短期間に爆発的に様々な形態の三葉虫が生まれた時期があることを明らかにした。この急激な時期に、種としての分化が起こり、優位な形質をもった種が競争に勝ち、生き残る。つまり個単位で淘汰されるのではなく、種単位で淘汰されると考えた。
また、今西錦司は、種と種の間の棲み分けが進化をもたらし、種が変わらなければならない状況に直面したときに、種全体として一気に進化が起こると考えた。そこではランダムで無方向な突然変異が偶然起こるのではなく、方向性をもった突然変異が種全体で起きなければ説明がつかない。世界中の馬の足の指が、5本から3本、さらに1本へと変わったように、進化は起こるべくして起こるものと考えたのである。これを定向進化(オーソゼネシス)と呼ぶ。
私がここで進化論を持ち出したのは、なにもその賛否を論じたいからではない。企業経営にも同じ議論が当てはまるのではないかと考えたからである。すなわち、個々の人材に進化を求め、その中で突然変異と呼べる突出人材を選び、他を淘汰していくことで、組織全体にハイパフォーマーが広がり、組織全体が進化するということは実際に起こるのだろうか。むしろ、種の進化、すなわち組織全体が進化していくことが前提となり、その組織の進化に向けて、人材が同じ方向に進化していくという動きをつくり出さない限り、組織全体が進化するということはあり得ないのではないか。
ここで皆さんに考えていただきたい。皆さんの会社は、人材の進化ばかりを要求して、組織としての進化のあり方を示していないということはないか。あるいは、個々人の進化が様々な方向に拡散し、組織の進化につながらないということが起きていないか。
企業という種全体が進化するためには、人材が一つの方向に向かって一気にその形質を転換していくことが必要になる。組織全体のコアプロセス、行動連鎖のメカニズムを組み替え、そのメカニズムを担う人材の行動原理を組み替えていくことができて初めて、新たな組織として進化する。だとすると、組織が進化するためには、人材がその進化に共鳴し、人材と組織の進化が同時に、同じ方向を向いて起きなければならない。
以下では、サムスン電子の事例をもとに、人材と組織の共進化がどのようにして起こるのかを考えてみたい。
河合の論文でも述べているが、先日、我々はサムスン電子を訪問する機会を得た。その急成長・急拡大にただただ驚かされたと同時に、この成長が単なる量的な拡大ではなく、人材の進化に支えられた組織全体としての進化であることを実感した。
改革の起点は、1993年にさかのぼる。就任6年目を迎えた李会長は、自分が何年も強調してきた質経営という考えが現場で全く浸透していないこと、自分たちの商品が海外では三流扱いされていることに強い危機感を覚えた。そこで、「妻と子供以外はすべてを変えよう」「自分から変わろう」というスローガンを掲げ、「サムスン新経営」を宣言した。過去を反省して自ら変わろう、謙虚だが決して卑屈にならない、サムスンマンらしい誇りと自負心をもって、未来に向けて進もうというメッセージを出した。ここからすべての進化が始まったといえる。徹底して「人に投資し、人を育てる」ことを企業のコアプロセスに置き換え、実際の行動変革を起こしていくメカニズムを作り出していったのである。
この進化のプロセスをつぶさに見ていくと、進化には三つの要素が必要であることがわかる。
第一に、進化のベクトルを示すことである。しかもできるだけシンプルで、共鳴を呼ぶものでなければならない。サムスンの改革では最初にこのベクトルが明快に示された。「一流になろう」「超一流になろう」。これが最大のキーメッセージであり、進化のあり方を規定するものであった。人も企業も、「超一流」になりたい。この言葉が人と組織の進化のベクトルを重ね合わせた。
第二に、進化のドライバーを作り出すことである。サムスンの場合は一流になるために、徹底して「学ぶ」という行動原理を進化のドライバーとして作り出した。
実は最初の改革は、勤務時間を午前7時から午後4時までに変えたことであった。4時までには仕事を終え、帰宅する前に人に会うなり、スポーツをするなり、語学の勉強をしなさい。そして6時半には自宅に帰り、家族との時間を大切にしなさい。こうした働き方から変えようというメッセージを出した。一流になるために学ぶとは、単に仕事の勉強をするだけではなく、仕事以外の時間や人から学ぶことも大事だ。人間味と道徳性を身につけ、マナーとエチケットを守らなければ一流とは言えないという意味が込められているのだという。
そういった人間としてあらゆるものから学ぶという姿勢が、顧客や社会、ひいては人類に真に貢献するものが何かを考え、最高の価値を作り出すことにつながるのだという。こうした、広い意味での「学ぶ」という進化のドライバーが、人材にとっても、組織全体のビジネスの進化にとっても、最優先される行動原理として埋め込まれていったのである。
第三に、こうした進化のドライバーを行動原理として徹底し、進化を加速させていく仕掛けが必要である。すなわち、人材と組織全体の行動を引き出す、進化のプラットフォームが必要になる。ここでは、人材進化のためのプラットフォームと、組織進化のためのプラットフォームがそれぞれ作り込まれていく。
まず、人材進化のためのプラットフォームとして、徹底して各人が学ぶための仕組み、仕掛けが整備された。核心価値の共有、次世代リーダーの育成、グローバルコンピテンシーの開発を三つの柱とし、思想、価値観、能力を学び、経験を広げ、単なるビジネスマンではなく、サムスンマンとして進化するための学ぶ機会が整備されている。
核心価値の共有とは、サムスン人としての徳目、基本資質を体得し、企業価値観を徹底して共有することである。5000人にも及ぶ新入社員は、最初に25泊26日の合宿を行う。ここではサムスン人としてのあり方、哲学を徹底して学ぶのだという。しかも、その7、8割は体験型、参加型の研修で構成され、先輩による後輩指導という形で行われる。こうした価値観、哲学、一体感共有は、CEOから新入社員までが参加する夏季修練大会でも行われ、サムスン人として高い意識を醸成することに多大な力を注いでいる。
次世代リーダーの育成は、おそらくGEやモトローラーの仕組みをもとに、組み立てたものであろうが、これも経営者養成、役員養成、次長・課長課程、社員対象という4階層にわたり幅広いリーダー開発プログラムが提供される。特に、各社で選び出した部長200人が集まる役員養成課程では、合宿4週間、オンライン教育17週間にわたるトレーニングがなされる。講師陣は海外からその分野の専門家を集め、最高の教育の場を提供していくという。
最後のグローバルコンピテンシーの開発は、世界人たれという考え方を実践するために、語学の習得だけでなく、世界を知るということを徹底して行っている。その一つが、海外地域専門家制度である。現地専門人力を養成することを目的に、中国や日本、北米、欧州をはじめ、58カ国に約2800人(1990年以降)もの人たちを半年から1年の間、次々に派遣している。世界を肌で感じ、語学と文化を学び、各人が世界人になることが、人材の進化にとっても、サムスンの進化にとっても不可欠であると考えているからである。
こうした教育関連の投資額は、年間200億円を超えるという。加えてこの教育の仕組み以外にも、学位の取得や上記のトレーニングへの参加、仕事の経験領域をポイント化し、各人のジョブ・ケイパビリティレベルを評価し、各人の職務付与、教育指導などに活用する仕組みもある。また、核心人材の採用については各部門長が採用計画を作成し、その結果が評価に直結する仕組みになっている。もう一つ、組織全体が進化していくためのプラットフォームも整備された。これは、コアとなるビジネスプロセスの中に、徹底して学ぶという仕組みを埋め込んだことにある。
「一流」「超一流」の製品を生み出せるようになるためには、絶えず自分たちの製品が世界の製品の中でどのレベルにあるのかを知ること、他の一流の製品から学ぶことが重要であると考えた。それが「比較展示経営」と呼ばれるものである。サムスンの製品の横に最先端企業の製品を展示して、徹底してみんなで議論し合う。製品そのものの違い、部品点数、デザイン、操作性、機能、価格の違いがどこから来るのかを分析し、製品イノベーションの糸口を探り出す。最近では、ハイアールなどの中国製品も並べて、後方から追いかけてくる企業との比較も行っている。
さらに、団地(施設)、製品、人材、思考を複合化する、組み合わせることで、お互いの知恵と能力を重ね合わせ、創造性と効率性を高めるという概念が持ち込まれた。事業開発や製品開発の中で、複数の部門の技術や知恵を組み合わせることを基本プロセスとして組み込んだのである。施設の複合化、グループ企業を同じ敷地内に集め、その連携の場を作り出す。複数の部門長が合同で、新しい方向性を見出すために1カ月間ともに海外を回る。こうした、複数の技術、部門の知恵を重ね合わせ、そこで学び合うプロセスを組み込むことを「複合化」と呼でいる。
このように、サムスン電子は、「超一流になる」という進化のベクトルのもとに、「学ぶ」という行動のドライバーを徹底して共有してきた。さらにこの進化を実態あるものとするために、組織運営と人材マネジメントのプロセスの中に、徹底して上記の行動を引き出すような仕掛けを埋め込んだのである。サムスンの強さは、こうした人材と組織が同じ方向を向いて、同じスピードで進化し続けていることにあるのではないだろうか。
サムスンの事例は、我々に大きな示唆を与えてくれる。
組織が進化するためには、人材と組織が同じベクトルに向かって、一気に行動変革を起こしていかなければならない。そのためには、人材にとっても組織にとっても、自分たちが何に向かって進化していくのか、そのためにはどのような行動をとるのかを共通理解とすることが必要である。「超一流になりたい」、そのために徹底して「学ぶ」というキーワードは、人材にとっても、組織全体にとっても極めてシンプルでわかりやすいものである。このシンプルさ、共通性が、人材と組織の共進化を起こしていくために不可欠なのではないだろうか。
しかし、実際に共進化を起こしていくためには、人と組織の行動原理を組み替えていくことが必要である。そのためには、組織運営や人材マネジメントのプロセスの中に、行動を組み替えていく仕掛けを徹底して埋め込んでいくことが必要になる。しかも、その仕掛けが、企業全体のコアプロセスを変革し、新たな行動連鎖を生み出していくものでなければならない。この進化のプラットフォームをどこまで一貫して作り込めるかが進化のレベルや進化のスピードを大きく左右する。
このように考えると、人材の進化と組織の進化は、本来は切り離して考えるべきものではないのかもしれない。たとえ、人材が進化して、外部に通用する優秀な人材が数多く生まれても、そこに組織の進化に向けて行動が収斂していくプロセスが組み込まれなければ、組織としては進化しない。逆に、組織のコアプロセスが進化しても、人材が進化しなければ、そのプロセスを適切に運営することはできない。少なくとも、組織という種が存続をかけて進化しなければならない状況に追い込まれたときは、人材の進化と組織の進化を一つの進化として重ね合わせ、一気に変革を起こしていかなければならないのではないだろうか。
| トップへ戻る ▲ |
【参考文献】
・サムスン電子 内部資料
・Sung-Hong Kim (2003),“ 10years of Lee Kun Hee-Led drive for Innovation”
(李健熙著、小川昌代訳(2004)『10年改革 サムスン高速成長の奇跡』)