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【巻頭言】 |
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民活時代における行政コア業務の変革
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杉浦 恵志 |
前回「志」に関する論考で、教育を例に仕事の意味づけを変えることによって、成果の上限がはずれ成長意欲がかき立てられるというお話をしました。ただし、同じ分野で何度も意味づけを変更することはできません。そこで今回は、行政機関で変革意欲を持続させる「仕組み」について、論じてみたいと思います。
ニュー・パブリック・マネジメントの論者が、公会計改革と並び変革を持続させる道具立てとして重視するのが行政評価です。行政評価は、事前に設定する成果目標と、事後的に測定した実績の差を明らかにすることによって、擬似市場的な改善圧力をかける仕組みです。しかし、本誌で繰り返し述べてきたとおり、私は、行政評価単独で公的業務を変革する力は、極めて限定的だと考えています。内部評価のいい加減さや評価作業の煩雑さなど問題がたくさんある中で、ここでは特に重要と思われる次の3点を指摘しておきます。
一つめは、評価期間が1年間と長く、しかも当年度の予算編成が前年度の実績評価より時期的に早いので、PDCAのマネジメント・サイクルが2年に1回しか回らないことです。組織的な責任の所在もはっきりしません。それよりは、上司と部下の間で担当業務の進捗状況やクオリティをこまめに確認し、問題があれば本人から取組み姿勢や達成行動を聞き出して、原因を突きとめその場で解決すべきです。そうすれば、業績測定の時期までに問題はあらかた解決するわけだし、ついでに厄介な人事評価も業務管理の積み重ねを通じて確実に実施できます。
二つめは、行政機関を結果に基いて評価することが本当に妥当かどうかということです。公的事業とアウトカムの因果関係は非常に間接的であり、たくさんの環境要因が関わっているのが普通です。評価が高いからといって、行政の貢献度が大きいとは限りません。一方、行政の直接結果であるアウトプットを指標に選ぶと、評価が高くても住民から見てあまりありがたくない場合があります(事務処理スピードをあげるために、窓口が不親切になったらどうでしょう)。評価結果を予算に反映させる業績予算についても、理屈の上では、結果が改善すれば事業ニーズは小さくなるはずです。
三つめは、行政評価の指標は、部分最適の結果にすぎないのではないかということです。一つの指標を改善する代償として、指標化されていない他の住民ニーズにしわ寄せが及ぶ可能性があります。その場合、利害のバランスを取る優れたロジックがないと、幅広い合意は得られません。また、性急な結果を求めず、考え方の異なる住民が共同作業を通じてお互いを理解し合うことを成果と考える、プロセス指向の事業も少なくありません。ロジックやプロセスなど「手続き」を重んじる事業が減らない背景については、後程触れることにします。
大事なのは、むしろ事業着手前に実施する評価です。事前評価というと、費用便益分析や環境アセスのようなシミュレーションが、真っ先に思い浮かびます。事前評価は面倒くさいと敬遠されますが、数値化の可否にかかわらず、予断抜きにいろいろな角度から課題を洗い出し、複数の代替案が検討の俎上に載せられたら、どの事業が最適かを決定する順位づけの基準が絶対必要となります。
順位づけの基準には、例えば(各課題のウェイト)×(各課題に対する期待成果の大きさ)×(成果の実現可能性)といった指標が考えられます。他に、街づくり全体方針への合致度やコスト効率、公共性(民間に任せられないか)などを加味してもよいでしょう。事前にきちんと評価しておけば、筋の悪い選択肢を回避することができます。どうしようもない事業を手直しするより、最初から筋目正しい事業を手掛ける方が、うまくいくことは目に見えています。効果的な投資を促し、ムダな経費を抑えることにもなります。
順位づけの各構成要素は、議論の組み立て方によって、ずいぶん説得力が変わってきます。行政が適切な事業を見極めるには、事後評価の如く目標を適当に立て、評価の時期まで放置しておくのではなく、まず目標の裏づけとなる作戦からして、慎重に立てなければなりません。その際の、事実に基く漏れのない課題洗い出し、因果関係の判断と根っこの問題の把握、基準に反映されているバランス感覚など、問題解決ロジックやプロセスの合理性が、成功のカギを握っているのです。
現在事前評価が十分実施されていないのは、予算スケジュールの硬直性の他に、問題の所在に関係なく特定の政策ツールを解決策として使うことが事前に決まっており、それを活用するために事業を考えるという、本末転倒の決め打ち行政をしているからではないでしょうか。その結果、行政の基本となる問題やニーズに関する事実情報の収集・分析が、おろそかになっているものと思われます。
事前評価が重要な理由は、筋の悪い事業を最初から排除するためだけではありません。事前評価を抜きにして、現在行政サービスが迎えている質的な転換に対応することは、考えられないからです。
その質的な転換とは、官と民の役割分担のあいまい化です。公的事業がハードからソフトに転換するに従って、行政サービスは官が提供し、民が利用するとは必ずしも言えなくなりました。財政事情の悪化に伴い、サービスの提供を外注したり、ボランティアの協力を募ったりすることは珍しくありません。さらに、サービスの提供に限らず、事業企画や制度設計についても、民が強く関与する事例が増えてきています。市街地や産業集積再生、介護サービスや環境保護などの事業では、事業者や活動団体の有する情報や経験、ノウハウ、専門知識をいかに企画や制度に落とし込むかが、成功のカギを握っています。
官と民のコミュニケーションは、官製シナリオに民の同意を取り付けるだけのシャンシャン大会ではすまされなくなりました。政策モデルは、誘導型から民活型へと着実に変化しています。しかし、民活型政策時代の行政機関の役割は、一体何でしょうか。誘導型の時代には、政策・基準の一律適応と利害調整が中心でした。民活型時代になって、役所は事務局として、関係者のネットワーキングとロジ、情報収集に従事しています。
ところが、事務局機能は起爆剤みたいなもので、本当に力のある関係者のコミュニティができてしまえば、以後お呼びがかからなくなってしまうかもしれません。この手のメーリングリストは、現に官抜きで話が進んでいるようです。役割が変化しているのに、行政機関の業務内容や組織構造、職員の能力などがついていけず、ミスマッチが起きています。行政機関は、民間にない独自の役割を見出し、その部分を磨いていくしかありません。
以上の議論をまとめると、民活型時代の公的事業は、行政機関や民間企業、大学や有識者、NPOなどの有する企画力や実行力が適宜組み合わさって成り立っているということがわかります。ここでの行政機関は、一般のオーケストラの指揮者とは異なり、政策ツールというタクトを振り回し、自分の構想を押し付けるわけにはいきません。議会のお墨付きも形式的な正統性にしかならず、民間の関係者が面従腹背を決め込んだらプロジェクトは動きません。
一方、各関係者の意識は、プロジェクトの成功でまとまっているものの、立場や利害関係、リソースや得意・不得意が異なります。全員を期待成果で納得させようとしたら、総花的な玉虫色のものになってしまうでしょう。だからこそ、事前評価をきっちりやって、あらゆる問題に配慮しながら優先順位をつけ、合理的に目標に到達する道筋を考えていかなければなりません。
そうすると、民活化時代における行政コア業務は、必ずしも行政サービスの企画・提供ではなく、誰もが納得せざるを得ないような問題解決ロジックやプロセスといった手続きの開発・提供、および公的事業の企画・運営が手続きどおりに進められているのかどうかを確認する業務監査ではないでしょうか。それらの手続きがインターフェースの役割を果たし、関係者が抜け駆けやゴネ得に動いたら、モジュールからはずれる仕組みを作っておけばよいと思います。
最後に、行政機関は、コア業務に必要な能力を、どのように強化したらよいのでしょうか。今後の研究課題なので抽象的な表現にはなりますが、事業課と管理部門では異なります。まず事業課では、過去の経験やプロジェクトの進捗状況に関する情報が集まるようにしておき、アクションとその結果の因果関係を検証して、経験則としてルール化する必要があります。その中には、最適な政策ツールを選んで紹介するロジックや、市場原理で解決しない障害物を責任をもって取り除くプロセスなどが含まれます。
管理部門の方は、各事業課の経験則が、ロジカルで説得力の高いものかどうかを監査します。最近会計課の役割が見直されて機能が縮小され、現場に権限を委譲する傾向にありますが、それは予算の論理と現場の論理があまりに食い違い、評価が偏ったものになっているからです。そこで、組織横断的な監査チームを結成し、例えば他の行政機関の職員に参加してもらって、事業課による事前評価のロジックやプロセスを、合理性・合目的性の視点でチェックするのです。単に評価ツールだけ作って、運用は現場任せにするのではなく、一段高い所から目を光らせて、事業課に対しさらなるロジックの磨き上げを促していくべきです。
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