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【巻頭言】 |
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イノベーションの進化
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片桐 一郎 |
イノベーションとは新たに価値を生む商品、サービスの創造である。その代表的分類としてはプロダクトイノベーション(画期的新薬など)とプロセスイノベーション(トヨタ生産方式や改善)が知られている。
ただし、これは結果からみた類型化である。イノベーションは前例がないだけに、大きな成果が生まれるかは誰にも予測できない。したがって明確なゴールイメージを持って経営するのは難しい。つまりイノベーションのマネジメントは本来できないものなのかもしれない。
本稿は、イノベーションを結果類型にとどめず、それを生む文化やプロセスに着目してとらえて無謀(?)にも、イノベーションの経営論としてまとめようとした試みである。
イノベーションを生むプロセスの基礎にあるのは文化である。その因子を探ってみよう。
やや古いが、世界各地のIBM社員の価値観を調べることで、国別の文化特性要因を明らかにした、ホフシュテットの研究がある(Geert Hofstede、1980年)。
これによると、文化を規定する要因は、パワー格差の容認度(Power Distance)、個人主義か集団主義(Individualism vs Collectivism)か、不明瞭の排除(Uncertainty Avoidance)、仕事優先(Masculinity)か、の四つの項目でスコア化できるそうである。これにより各国の文化特性を考察できる。
例えばパワー格差の容認度の高い国はインド。仕事優先度が低いのはフランス。不明瞭さの排除が高いのは日本。集団主義が強いのは台湾、といった具合である(調査から20年たち、この間にグローバル化が進み、各国の差は減少しているかもしれないが、国の傾向差は伝統として残っているであろう)。
こういった文化比較も参考にしながら、アメリカと日本の文化差によるイノベーションのタイプを図1に分類してみた。縦軸はホフシュテットの調査も含め、筆者がイノベーションコンピテンシーと称する項目である。コンピテンシーは成果を生み出す思考・行動特性であり、その中で特にイノベーションと関係の深い項目を考察したものである。
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図1/イノベーションの文化モデル |
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日本モデルの集団型イノベーションは八百万(やおよろず)の神々が細部に宿るセレンディプティ(個人的なひらめき)を、一所懸命にマラソンして追い求める特徴がある。
一方アメリカモデルは、個人発想(絶対神による啓示)を因果律と要素還元に代表されるロジックで実現させることで、一攫千金を狙う短期・狩猟型と言えよう。
それぞれのイノベーションの技術タイプは東大の藤本教授の研究で詳説されているように、日本モデルは自動車に代表される、多くの部品を精密に調整して高いレベルで統合する「擦り合わせ技術」であり、アメリカモデルは、コンピューターソフトのオブジェクト指向のように、技術要素ごとに最高性能のもの組み合わせる「モジュール技術」と分類される(『能力構築競争』藤本隆弘、中公新書)。
自動車に限らず、日本が明治の頃から伝統的に強い材料技術はその典型である。金属を原子レベルで微妙に調整し、必ずしも理論どおりにいかなくてもこつこつ実験し、改良していく粘り強さは、「米作り」と類似のイノベーションである。この伝統は脈々と継承され、カーボンナノチューブ、光触媒など、日本独自の技術で最先端を走り続けている。現在好調のデジタル家電も、その中核部品であるCCD(電荷結合素子)は、おぼろげに字が判読できた試作品から20年以上かけて改良してきたマラソン開発が実ったものである。
材料分野でイノベーションの伝統を維持しているのは東北大学出身者である。その出身の技術者をアセスメントする機会があり、彼が「大学の恩師が“論より実験”を言動一致で実践しているのに感銘を受け、自分もその教えを大切に守っている」と話すのを聞き、イノベーション精神の伝承を感じ、嬉しかったものである。
このようなイノベーションを生む土壌を理解した上で、イノベーションに至るプロセス、そしてそれを進化させるマネジメントについて考えてみよう。
イノベーションのプロセスは、ミクロとマクロに分けられる。ミクロとは一つの個人のひらめきが市場で果実(新製品やサービス)になるプロセスである。マクロとは、このようなミクロプロセスを俯瞰的にみて、イノベーション全体の流れを示すプロセスである。経済学のミクロ経済、マクロ経済に類似する考え方である。
イノベーションのマネジメントは、まずそのミクロプロセスを理解し、次にその集合としてのマクロプロセスをとらえて、両者をバランスよく舵取りしながら進化を方向づけることがポイントとなる。
イノベーションのミクロプロセスは個人の苦闘の軌跡である。その偉大な例であるエジソンは、「99%のパースピレーション(汗)と、1%のインスピレーション(ひらめき)から発明が生まれる」と言っている。
そのプロセスには、個が苦しみ試行錯誤しながら、思考を詰めていき、無意識レベルで頭が考えている状態になり、そこでいったん「抜く」と新しい思考回路がつながり、それが表面化してひらめきが生まれるメカニズムがある。これを具体的にみてみよう。
@多様な蓄積が必要条件
イノベーションの課題を達成するには、前例のないブレークスルーが必要になる。かといって過去の経験や、他者から学びながら行うことは意味がないことではない。先人の経験、失敗を同じように繰り返さないことは効率が増す。また自分でもあらゆる思考錯誤を繰り返すことは、脳の各部を活性化させる。
さらに今までとは異なる視点から問題に取り組むことは、脳の各方面を刺激し、いろいろなシナプスの結合を呼び、独創的な思考(シナプスの新しい結合)が生まれやすくなると考える。脳が汗をかくことにより、ひらめきの必要条件となる様々な刺激情報が蓄積されるのだ。
A新しい知片(知恵の断片)の結合
この蓄積情報は知恵の断片(知片)として脳内の様々なところに散在すると考えられる。
しかし、とことん考え、試行錯誤して知識経験を積み重ねても、ブレークスルーが生まれるとは限らない。知片をただ蓄積することは、訪問者のいない巨大な図書館に本を詰め込んでいくようなもので、きれいに分類された書庫からは独創は生まれない。いったん知片の配列を崩し、別の角度で組み合わせることがブレークスルーに役立つ。
不思議だが、考え抜いた脳を無意識化することが、このブレークスルーを生むことが多いようだ。この無意識化は、オフィスで徹夜続きの仕事をしていては到達できない。皮肉ではあるが、オフィスの外で別のことをしているときにひらめきがやってくるようである。このときのひらめきは、他の人が何気なく見逃している事象に啓発される形(セレンディプティ)をとる。
古くはアルキメデスが、王冠に混ざった銀の量を測る方法を考えているとき、一休みで入った風呂からお湯があふれるのを見て、浮力の原理がひらめいたのが代表例である。
また、プラズマTVの制御回路を考えていた技術者は、焼鳥屋で仲間と飲んでいるときに、皿の上の食べ終わった焼き鳥の串がタテヨコに重なり合っているのを見たとき、それが新しい回路の形に見え、解決策がひらめいたという。
風呂の水があふれるのや、焼き鳥の串が重なるのを見る人は多いが、それを自分の課題につなげる無意識な脳の活動があって初めてセレンディプティが訪れるのである。
考え抜いて、いったん抜いたときにひらめく例としては、夢であったり、シャワーを浴びているときや、トイレにいるときであったりする。個人それぞれのパターンがあるようである。
イノベーションのミクロプロセスでは、このいったん抜くことが大切である。常にオフィスでがんばっている人たちからはひらめきは生まれないということである。
とはいっても、オフィスを出たら遊べということとも違う。それでは頭をゆるめっ放しの、ただのなまけものとなってしまう。
ミクロイノベーションのプロセスでは「いつでもどこでも」考えていることが必要なのである。
Bアイデアの組織化
個人がひらめきを得たとしても、それだけではイノベーションにはならない。イノベーションは学問的な発見とは異なり、最終的に消費者の満足する商品やサービスにならなければ意味がない。また企業として利益も得なくてはならない。そのためには様々なハードルが待ち受けている。品質要求を満たし、低コストでも作るための困難は発明以上とも言えよう。これらの課題をブレークスルーするのは一人だけでは到底困難であり、チームワークが不可欠である。
このチームワークを機能させるために、烏合の衆でない、信頼し合う少人数のプロチームが、共通の目標に対してすばやく役割分担しながら動くプロセスが重要となる。
このためには、チームメンバーの頭の中にある思考プロセスをいかに効率的に「可視化」して、方向を共有化するマネジメントが必要となる。
一つのアイデアで勝負するベンチャー企業ならこのミクロプロセスで十分である。しかし、イノベーションを持続・進化させ成長を続けるのならマクロプロセスの視点が不可欠となる。ベンチャーの規模を超えたなら、組織としてイノベーションの確率を高めるマネジメントが必要になるのである。そのためにマクロな視点が必要となる。そして、マクロプロセスは閉じた企業システムで考えるべきではない。
アイデア、経営のプロや技術者、資金が集まってくるシリコンバレーモデルは、よく知られているオープンシステムとしてのモデルである。人材の流動性がまだ低く、リスクマネーも不十分な日本では、シリコンバレーは手本にはならない。
日本モデルのイノベーションは「村社会」ならではの開放系のマクロプロスセスを確立すべきであろう。
@多様な種まき
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ようにイノベーションの確率を高めるために母数を増やす、そのためにイノベーションの組織単位を小さくして数多く、ネットワークでつながるシナプス形にすることが有効だ。これはシリコンバレーでも村社会でも同じである。
そしてミクロプロセスが各単位(村)で進行するために、マクロプロセスとしては村の設置と方向づけがその第一歩となる。それぞれ得意分野をもつ村が競い合いながら新種の米開発に励む環境設定を行うのである。
村であれば「米作り」という大きな方向は同じだが、各種品種改良(最初の遺伝子作り)を行う村をたくさん作って、あとはそれぞれの村の自主性にまかせるのである。
事例としては、製薬会社が有望な新薬の種を増やすため、自分だけでなく、多様なバイオベンチャーに出資して、種の多様性を維持し、リスク分散するマネジメントがよく知られている。
Aミクロプロセスとの関係(進化中立モデル)
たくさんのミクロプロセスが始まったら、各ミクロプロセスの遺伝子の持続性に着目する。どういう構造の遺伝子が続いているかを観察するのである。
会社という生命体の進化の期間は、せいぜい数百年である。人類としても数万年ある生物の進化とは比べものにならないものの、生物進化から学べる点がある。それは「進化は中立」ということである。
生物の進化はダーウィンの自然淘汰が有名であるが、環境変化に適した遺伝子がすぐ出来上がるわけではない。また、すぐに環境変化に対応しているように見える遺伝子が良いとは限らない。
遺伝子の変化スピードは生物の中で重要でないところのほうが速いそうである。例えば、もぐらの目の当たる部分の遺伝子が変わるスピードは、心臓といった基幹部分の遺伝子の変わるスピードよりも速いことが証明されている。
このアナロジーからすると、環境にすばやく対応しました、と自慢する組織体を評価するだけでは、本質的なマクロイノベーションのプロセスは実現しないことになる。
一見進化は遅く見えるかもしれないが、本質的な部分が確実に強化されて進化している遺伝子が多いほど、マクロイノベーションが確実に進行すると考えるべきではないだろうか。
マネジメントとしては、革新を辺境で起こすだけでは十分でなく、いかにそれが全体組織で支配的な遺伝子に広げるかまで留意しないと不十分となる。
イノベーションを持続させる遺伝子を盲腸のままにしておくのではなく、支配的な遺伝子になるように、社内環境や人材マネジメントを整える。しかし、意図的に遺伝子を組み換えるのではなく、長い目で環境に合った遺伝子が「中立的」に選択される場の運営が要点となる。
B切り替えし型進化
ミクロプロセスは個人やチームがこつこつとある方向へのイノベーションを累積していく進化である。これを自生進化と呼ぼう。こういう進化に対しては、中立的に環境に合った遺伝子を選択していけばよい。しかし、これだけでは進化が頭打ちになる場合がある。
その際には、大きく環境設定を変える切り替えしの強制進化が必要になる。恐竜が絶滅し、哺乳類をはじめとした新しい種が進化するきっかけとなった、隕石を地球に落とすような、環境変化要因を組織に与えるイメージである。ここまで大きな変化でなくても、従来の組織環境設定を違う方向に振ることは、イノベーションプロセスを進化させる新たな刺激になることが多いようだ。意図的にこの切り替えしを行うマネジメントである。
ヨットには、逆風を受けながらも、帆と船体と安定板の組み合わせを制御することで、ジグザクに風上に向かうことができる、「タック」と呼ばれる走法がある。イノベーションプロセスの強制進化は、このタック走法のマネジメントと言えよう。
自生進化と強制進化のプロセスにより、イノベーションのレベルが上がっていくイメージを図2に示す。イノベーションキラーとして上方から圧力がかかるのに抗して、ジグザクに切り替え(強制進化)することで進化の方向を変え、ここで自生進化を活性化させる。しばらくして行き詰まりが出てきたら、次の方向に切り替え、新しい方向で自生進化を促す、こういう感覚がイノベーション進化のマネジメントであろう。
ミクロな自生進化と切り替えによる強制進化の組み合わせがイノベーションのマクロプロセスと言えるだろう。
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図2/イノベーションの進化モデル |
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イノベーションを持続させるのは大変難しい。過去100年以上イノベーションを続けながら、大企業であり続けられたごく少数の例外はGEであろう。エジソンから始まって革新を続けてこられたのは、イノベーションリーダーの継承が長期的にうまくいっていたからだろう。
前CEOのジャック・ウェルチは、M&Aによる事業組み直しで、No.1かNo.2の事業に集中するという「経営モデル」のイノベーションを行った。後継者のイメルトに引き継ぐ際には、「俺のやってきたことを破壊しろ」と伝えたそうである。
イメルトはウェルチの行った経営イノベーションではなく、技術によるイノベーションを目指すのではないかと言われている。
このように、大きな強制進化が可能になるのは、GEはCEOが20年近く務めるので、新種のイノベーションに取り組み、その成果を検証する時間的余裕があることも大きな理由の一つだろう。このくらいの長さがないと「破壊して創造する」そのスタイルを継承していくことはできないからである。
日本そしてアジア企業には創業者から2代目、3代目の世代に経営が移る段階が多い。この場合、イノベーションの進化の危機を迎えるのは強制進化にさしかかったときのバトンタッチであろう。
子は親のやってきたことを否定しにくいという人情がある限り、この危機は構造的なものである。この危機をいかにマネジメントとして乗り切るかは、これからの課題になるであろう。
最後に、以上のようなイノベーションのプロセスを進化させるマネジメントは、当然人材マネジメントと直結する。
この組織・人材マネジメントについては、手前味噌になるが、拙著『ひらめく人を咲かせる組織』(日本経済新聞社、2003年12月)をご参照いただけると幸いである。
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片桐一郎「ひらめく人を咲かせる組織」(日本経済新聞社) |
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