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【巻頭言】 |
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会社ノ扉ヲ開放セヨ!
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坂本 健 |
これまで、「志」と現実とのギャップという切り口から、いかに組織改革・業務改革を推進していくかを論じてきた。
しかし、「そもそも、その志をどう設定すればよいのか」、あるいは「志と現実のギャップが、マネジメントサイクルを回しようがないくらい大きい(どこから手をつけてよいのかもわからない)場合にはどうしたらよいのか」という悩みを抱えている読者も数多く存在するのではないかと思われる。
今回のテーマは「進化」である。環境の変化に適応し得るように個体の形質が変異し、生存率が高い(環境への適応度が高い)形質が自然選択されていく現象だ。進化と言えば「高度化」と考えがちだが、学術的には退化も進化に含まれる概念で、仮に「退化」と思われるような形質に変異したとしても、それによって生存率が高まれば、それは「進化」と考えられる。
同じことが企業経営にも言える。企業が行っているビジネスは、必ず顧客のビジネスプロセス(顧客が一般消費者の場合はライフプロセス:以下、「顧客プロセス」と呼ぶ)のどこかに対して付加価値を提供し、その対価を受け取っている。その顧客プロセスに何らかの変化が生じたことによって、「現在のままでは変化した顧客プロセスに適合しないので、淘汰されかねない」という危機感が生じ、自社の業務プロセス改革を行おう、という動機が生じるのである。業務プロセス改革も、業務を「高度化」することが本質的な課題ではない。重要なのは顧客プロセスへの「適合度」である。
本稿では、企業が顧客プロセスへの適合度を高め、進化していくメカニズムを、「環境情報の取得」と「進化を可能にする人材の確保」の二つの側面から考察していきたい。
進化しない原因の一つは顧客プロセスとの断絶
組織分析や業務分析を行うと、「志の設定」に悩む企業では、多かれ少なかれ、上述した顧客プロセスの変化を、会社として察知できなくなっていることが多い。
したがって、そのようなクライアントの業務改革・組織改革に関わるプロジェクトをお手伝いさせていただくときに、まず一番初めに行うのは、できる限りクライアントの顧客に関わる情報を入手する、という作業である。代表的な顧客にできる限り協力していただいて、アンケートやインタビューを行ったり、顧客行動を観察したりする。確かに時間を割いて協力してもらうので、先方にも相応の負荷をかけることになるが、顧客サイドとしても、サービス向上のための努力となれば、いやとは言わない。
その上で、顧客のプロセスと、そのプロセスにおけるキーサクセスファクター(KSF:重要成功要素)について、仮説を立てる。どうすれば、顧客は成功するのか、自社がどのような要件を満たせば顧客はハッピーになれるのか……そこから、「志」が生まれる。
あとは、その「志」と現状とのギャップに着目して、仮説・実施・検証のマネジメントサイクルを回していくことになるが、それだけだと、「進化する企業」には至らず、一過性の「改革プロジェクトの完了」で終わってしまう。
業務プロセス改革は、顧客プロセス改革
そもそも、この企業の問題は「顧客プロセスの変化を察知できなかったこと」なのだ。会社の業務プロセスにばかり目を向け、それを高度化することばかり考えてきたのだろう。だが、冒頭述べたとおり、進化は高度化ではない。環境(顧客)への適合度なのである。ゆえに、そこを解決するメカニズムが必要だ。
まずいったん、自分の会社を置いておいて、顧客プロセスの全体像(顧客の製品が「顧客の顧客」に渡るところまで)を考えてみる。どんなオペレーションフローになっているのか。どこでどんな中間体が生み出され、最終製品はどのようなものであり、それをどのように売っていて、「顧客の顧客」にはどのように使われているのか。
その上で、その顧客プロセスへの自社の関わり方を考察する。顧客プロセスの中で、自社が接点を持っているのはどこなのか。そこから自社にどのような情報が入ってくるのか。自社が最も大きな付加価値を出し得るのは、顧客プロセスのどの部分なのか。
そして、顧客プロセスから自社のプロセスに至る一連の全体プロセスをデザインする。いきなりすべてを取り込もうとすると、非現実的になるので、以下の二つのステップを踏むことが多い。
@顧客へのアクセスを高める
まず、顧客プロセスと自社の業務プロセスとを並べてみて、どこで顧客との接点を持つべきか、を設定する。設定に当たっては、「顧客を理解し、顧客の変化を察知する上で、必要十分な情報を得るために」という観点から、ゼロベースで設定し直す。その上で、その接点において、それぞれの担当がどのような働きかけを行い、どのような情報を入手するのか、その情報を社内にどのように流通させ、どこでどのようなアクションにつなげていくのか、という、社内における「情報ルートと活用方法」をデザインする。
この、「顧客へのアクセスを高める」というステップは、組織の進化を促すための触覚を磨き上げる作業である。変化を察知し、次の変異へと確実につなげられるようにすることが、変革を常態化する最低要件となる。
A自社プロセスを顧客プロセスにビルトインさせる
顧客とのアクセスが十分に高まったら、さらにもう一歩踏み込んで、顧客プロセスに自社のプロセスをビルトインさせることを狙う。顧客プロセスを理解していく中で、「ここで、顧客がこういうことをしたい、と思ったら、こういう形で自社にアクセスしてくる」という「顧客から自社へのアクセス方法」を定型化・仕組み化して顧客に提案し、組み込んでいく。顧客にとって、より便利に、より効果的に。
当然、顧客への提案に当たっては、それと連動させる形で「顧客からアクセスが来たら、自社ではこう動く」という、対応する自社プロセスをデザインしておく。完全にビルトインされた状態では、顧客が「プロセスを変えよう」と考えると、自ずとこちらに対しても変化を求めてくるようになるため、それが自社の「進化」の引き金となる。
企業という枠組みを取り払い、顧客のビジネスプロセスに踏み込んで、密着度を高めれば高めるほど、顧客からのプレッシャーは高まり、社内の緊張感も高くなる。業務品質も今以上のものを求められるのは間違いない。これは、自動車会社の「系列」に近い状態を、上(発注者)からではなく、下(受注者)から作り出していこうとすることにほかならない。
こうした状況を作り出すことで、「顧客志向」を頭ではなく感覚で実践し得る組織・業務プロセスを作り上げるのである。成功すれば、トップが声を嗄らして「志」を叫ぶまでもなく、個々の現場が「本能」で変異の必要性を悟るだろう。
草原に出てもサル
生物学者の間では、「人とサルが分かれたのは、森から草原に出る、その出口のところだった」という仮説がある。太古のアフリカ大陸において、まず山ができた。その山の東側で次第に空気が乾燥してきて、熱帯雨林がまばらになり、草原ができた。身を隠すものが何もない、その草原に生活の場を移したサルが、その無防備な環境で生き抜くために、最初のヒトとなっていった、という説である。
しかし、草原に出たサルが、すべて人間になったわけではない。森の中に帰っていったサルもいれば、草原に出てなお、サルのままでい続けたサルもいる。つまり、顧客に踏み込んだプロセス改革を行い、環境変化にさらしてもなお、進化しないものは進化しない。
企業経営はこれでは困る。「草原に出てもサル」では、生き残れない。確実に進化してもらわなければならない。
日本企業の「DNA」重宝思想
日本の経営(学・界)においては、「企業のDNAを維持し、継承する」ことが、とても重要視されている。ここで使われるDNAという言葉は、総じて「思想」や「その企業人に共通する行動特性」、転じて、その企業ならではの「文化」や「強み」を指している。
このDNAをあまねく社員に刷り込むのが日本の人材マネジメントであった。また、「あんまり異質なものを入れると、企業のDNAが損なわれ、会社の良さが失われる。下手にやると、混乱し、失速する」と、そんな発想から、純粋培養を進めてきた。
実際、日本の企業では、「既存の人材」「気心の知れた、同じDNAを持つ人材」だけで何とかしようとする傾向が強い。特に、末端の人材は中途採用しても、経営陣を含むトップ層だけは生え抜きの、場合によっては創業時からのメンバーで占められていることも珍しくない。
しかし、技術革新や規制緩和によって、企業は1カ所に留まっていられず、常に新たな領域(事業・市場)を意識し、進出し続けることを強いられるようになってきた。そのような多様化したビジネス環境において、同じように育てられ、均質化された人材だけで、十分な「進化」を遂げることは可能なのだろうか。
悪玉DNAの弊害
実は、DNAが重視されている割に、「良いDNA」ほど、企業には浸透していないことが多い。また、従来のビジネスモデルでは「良いDNA」だったはずの行動が、新たなビジネスモデルでは弊害にしかならない、というような現象も見受けられる。企業理念や「諸先輩方が築き上げてきた伝統」は、精神論として語られることはあっても、総じて形骸化していることのほうが多い。
一方で、根強く活躍しているのが、「悪玉DNA」である。悪玉DNAには二つの特徴がある。一つは、発想やアプローチ、行動に柔軟性がないこと。もう一つは異物を吸収し切れない、つまり、「違う価値観の人と交合し、新たなDNAを生み出す力が弱い」ということである。DNAという言い方をすると、まるで実態がないかのように感じられるが、要は、その会社の人材に多く見受けられる行動パターンである。あなたのまわりの方々はいかがだろうか。
@発想やアプローチ、行動に柔軟性がない
草原に出たのに、森の中での生活を継続するサルである。企業で言えば、経験のない、全く新しい事業や市場に挑戦しようとするときに、従来の自社のアプローチをそのまま当てはめようとする社員を指す。
筆者は最近、複数の企業において、「ネガティブコンピテンシー」という言葉を使った。「再現性のある失敗」である。いくつかの新規取り組みにおいて、会社全体で、全く同じアプローチをとっている。その結果、同じように失敗する。しかし、本人たちは、取り組みのテーマが違うので、自分たちが同じようなアプローチを繰り返していることに気づいていない。「どうしてうちの新規事業はうまくいかないんだろう?」と頭を抱えている。
A異物を吸収し切れない
二足歩行を始めたり、道具を使い始めた仲間を見ても、それを見習うばかりか、指をさして笑ったり、しかったり、無視したり、と邪険に扱うサルである。
中途採用の人材が、自社にないノウハウを発揮していても、その成果を認めなかったり、下手すると「うちの会社にはうちの会社のやり方がある」と諌めたりする。また、若い社員が顧客の変化を敏感に察知して、適切な資料や提案を作っても、「何もわかってないな」とつぶやきながら、「自分のやり方」に近づけるように赤字を書き込んで、旧態依然としたものに直してしまう上司なども当てはまる。部下のやっていることが、あまりにも自分のイメージと違うと、不安になって、十分な検証もせず、結果が出る前に介入してしまう、「腹の座っていない上司」もしかり。
新しい(と、言うよりは、自分が経験したことのない)物や人、または行動の真贋を冷静に評価できず、自己の経験や価値観に基づいて評価し、処遇する。こうした傾向は、「老害」と呼ぶこともあるが、低年齢化しつつあり、30歳代から見受けられるようになっていること、Elderly Harassment(年齢による嫌がらせ)に対する認識が高まっていることからも、「老害」と呼ぶのはもはや適切でないと思われる。
外部のスタンダードを引き込む
こうした現象は、従来のマネジメントの閉鎖性に起因するところが大きい。何をやるにも、社内の限られた人材だけで対応しようとすれば、必要十分条件を満たさなくても、相対評価で「あいつが一番いい」「あいつが一番信頼できる(=一番かわいい)」で起用される。一方で、ことが失敗(または、それにも至らず未遂)に終わった場合には、「そうは言っても、それ以上に優秀な、または信頼できる人材がいない」という理由から、「あまり傷をつけないように」という配慮が働き、次につなげていくような検証が行われない。企業レベルのマネジメントサイクルが回らないので、ネガティブコンピテンシーに気づかず、「自分たちのやり方」を盲信するようになる。
ゆえに、多様化したビジネス環境において、適切な進化を図るためには、適度に会社を「開放」して、外部のスタンダードに社員をさらす機会を、意図的に作り出す必要があるのではないかと考える。
ただし、単に中途採用を増やす、という話ではない。中途採用を増やしても、上述の「悪玉DNA」が健在な限り、彼(彼女)らが有しているスタンダードが、ベンチマークとして認知されないからである。きっと、「前の会社ではそれでよかったかもしれないが、うちでは違う」と否定されるだろう。
したがって、組織・人材マネジメントの仮説・実施・検証のサイクルの中で、より中核となる部分を開放し、「外部スタンダード」を真摯に受け止めざるを得ない形で導入する必要がある。その上で、「うちのやり方」が「外部スタンダード」に劣るのであれば、積極的に交代を促していく方法を考えなければならない。
ここでは、その具体策について、実例のある範囲で取り上げておきたい。ここで述べるものに限らず、同様のコンセプトで会社を「開放」している事例は数多く存在する。自社の組織運営・業務プロセスの特性に応じて、個別に「開放」のしかたをデザインすべきであるということを前提として、あくまで参考として役立てていただければ幸いである。
@プランニングプロセスの開放
自社のリソースや現状を公開し、そのリソースを用いた「事業企画」を公募する。または、既存組織の運営について、単に中途採用で人材を募集するのではなく、「事業計画」を募集し、その計画もろとも人材を採用する。
社内の人材に対する「公募制」の延長線上で、社外の人材にまで情報を公開し、チャンスを与えることで、競争の幅を広げる。それによって、既存社員の目線を高めるとともに、「外部のスタンダード」に触れる機会を創出する。
A評価・検証プロセスの開放
経営そのものの評価・検証という意味合いで社外取締役の導入が活発化しているが、それと同様に、社内の組織・業務の妥当性を評価する際に、外部の視点を導入して検証を行う。方法論としては、「ビジネスプレゼン」「成果プレゼン」という形で、プランや成果の「発表」の場を設けて、そこに顧客や識者など、外部の参加者を募るという方法もあれば、顧客満足度調査のように、日常の業務評価をアンケート形式で採録する場合もある。また、広く解釈すれば、ISOなどの認証機関の資格取得も、評価検証プロセスへの外部視点の導入ととらえることもできる。
B人材の開放(解放)
終身雇用が当たり前でなくなり、優秀な社員の流出を食い止めることが企業の命題となっているが、一方で、「回帰」を促す施策をとっている企業は少ない。
その中で、人材のチャレンジを促し、他企業で新たな実力を身につけて戻ってくることを促す、「出戻り」を奨励する企業がある(また、こうした出戻りの制度は、女性活用を意図して整備され始めている)。出戻り人材は、自社の事情を全く知らないわけでなく、かつ、他社の経験を積んでいることから、彼らの語る「外部スタンダード」の説得力は高い。また、出戻りではなく、積極的に流出を促した後、外部で活躍するOBとの交流を維持することで、マネジメントの広がりを作り出していくような、「人材そのものの開放」を積極的に行っている企業もある。
どんなに敏感に顧客や市場の変化を察知し、それに対して、経営者がどんなに秀逸な戦略を描いたとしても、それを実現し得る人材が確保されていなければ、対応スピードが極端に低下し、顧客の変化に追いつけなくなっていく。
そうした事態を回避するためにも、自社の限界を客観的に評価できる状態を作り出すとともに、限界に直面するその時に備えて、社内外に「進化」に必要な人材のネットワークを確保しておくことが必要なのではないだろうか。
今、本屋の平台に『やわらかな遺伝子』(※)という本が積まれている。
従来、DNAは生物の形質を決定づける「設計図」と考えられていた。しかし、この本の著者は、著しく進捗したゲノム解読の結果から、DNAは時々刻々と環境から情報を引き出し、組み合わせによって自己改造を図る「装置」であると結論づけた。変異やそれに伴う進化は、偶発的な「突然変異」などではなく、DNAそれ自体が環境情報をもとに自己改造を図った結果であるということになる。
企業のDNAも、過去から引き継ぐものではなく、「環境から情報を引き出し、組み合わせによって自己改造を図る装置」、すなわち、その場に存在する社員一人ひとりであると解釈しなければならない時期に来ているのではないだろうか。過去に成功した「設計図」が、必ずしも未来につながるとは限らない。「装置」ととらえれば、企業の進化は、DNAの鍛え方次第ということだ。
鍛えるには、どうすべきか。それが、「会社の扉を開放する」ことである。環境情報を流し込み、組み合わせの幅を広げて、自己改造機能を刺激し続けるために。引きこもっていたら変異は起きない。それが本稿の総括である。
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(※)原題“nature via nurture” Matt Ridley著、中村桂子・斉藤隆央訳、紀伊国屋書店